(トラの足跡)

 トラは複数の猫を飼っているホームレスのYさんの所に姿を現しそのまま居ついてしまった。当時もガリガリに痩せ細り、体調も思わしくない様子だったようで、それが逆に幸いしたのか他のオス猫達と争うこうもなく馴染むことができたようだ。周囲の人からの情報では、以前飼っていた人が体調を崩し施設に入ったために放置されたらしい。その後にトラは何ヶ所かの場所を放浪しながら生きのびていたようだ。
 トラは寄生虫やカビなどによるカイセンや他の皮膚病で体のあちこちから出血し、肉球も皮膚炎になり痛々しい姿だった。また、肝臓や腎臓の調子も悪い様子であったが比較的に食欲は旺盛だった。病気の治療まではともかく、今の主は猫に優しい人なのでそれなりに平穏な日々が続いていた。

 しかし、07年9月6日深夜、自然災害という危機が襲ってきた。関東を直撃した台風9号により水位は8mも上がり、翌朝にはホームレスの小屋が次々と流されていった。濁流はどんどん水嵩を増し、トラ達8匹の猫はYさんの小屋の天井や屋根まで追いやられ後20cmほどで水没するところだった。幸いにも床下の基礎が鉄パイプを土中に埋め込んで作られていたので小屋は流されることなく、そのうち水が引きトラ達は一命をとりとめた。最大の危機を乗り越え、周辺も増水による爪痕が消えかかる07年11月3日の朝6時頃、トラはYさんの腕の中で死んだ。積もり積もった体への負担が原因だったのだろう。





東京新聞 07年10月25日付
TOKYO発
『 多摩川の猫 命の巡回 』

文・安藤 恭子
写真・藤原 進




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